雨〜始まりと終わり〜

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  第一話 絡み合う視線の中で  

真夏の太陽の日差しが肌を焼く。雲ひとつない晴天がどこまでも続いていた。
 生ぬるい風が時折思い出したように吹くが、それは気まぐれで、すぐに気が萎えたように止んでしまう。大地は水分を失ったように干からび、大気も乾いていた。人も、動物も、植物も、すべてが生きる気力を失ったようにそこに存在していた。
 彼女もまたその中の一人であった。
 肩越しに切り揃えられた金色の髪。その金色は太陽を切り取ったかのようで、日差しを浴びてなお、煌々と輝き続けている。それとは対照的に、新雪を覚える白い肌は太陽を拒絶しているように見えた。強い陽光を浴びてなおその白さを失わない肢体。
 そして、誰もが目を奪われそうな金色の瞳。人々を惹きつけて止まないその瞳は一点の曇りもなく透き通っている。
 きっと市井へと下りれば彼女は、一瞬のうちにそこにいるすべての人を虜にしてしまうだろう。それほどまでに彼女は一際美しかった。
 その彼女の名を、ユウリ・ストリアルといった。
 ユウリは一人この暑い日差しの中、家へと続く道をのらりくらりと歩いていた。できる限り、木陰を選びながら。
 ユウリは一つ溜息を吐いた。足取りは重く、まるで鉛がついているようである。
「はやく、雨、降らないかなぁ」
 もしもここに人々がいたのならば、口々に声を張り上げて(そんな気力はないだろうが)そうだ、といっていただろう。だが、ここは人里離れた場所である。誰もそれに同意するものはいなかった。ただ風だけがユウリを励ますように、そよそよと吹くだけだ。
 ここ数日、ディオム――ユウリたち家族が暮らしている町のことだ。特に珍しい特産品などはないが、ディオムには神が住んでいるとまことしやかに噂されている。誰も見たことがないのが現状ではあるが。それ以外は至って平凡な町なのだ――では雨が降っていないのである。ただ雨が降っていないのであればここまで憂鬱な気分にはならない。問題は太陽が照りすぎているのだ。日中ではじっとしているだけでも汗が噴き出し、夜はいくらか涼しくなるとはいえ、例年と比べればそれははるかに高い。
 ユウリは再び溜息を吐き、やや足早に歩き始めた。
 この暑さに気をとられて忘れていたのだが、ユウリには早く帰らねばならない理由があったのだ。
 それは、彼女の母、ティエイラ・ストリアルが倒れたのである。
 ティエイラはもともと丈夫な人であるのだが、一つのことに集中すると周りが見えなくなってしまうという長所とも短所ともとれるところがあるのだった。どんなに周りの人間が集中しているときに声をかけても、まったく持ってその声は彼女の耳には届かないのである。そして現在、ティエイラは野菜や果物の栽培が楽しくて仕方ないらしく、毎日毎日飽きもせず、家から離れたところにある畑に通っているのだ。それも朝から晩まで気が済むまで。
 まだそこまでならよかった。
 なぜならそんなことは日常茶飯事だからだ。
 だが、ティエイラはこの猛暑の中で、帽子をかぶることもせず畑仕事にいそしんでいたというのだ。お前は馬鹿かー!!! と怒鳴ってやりたいところだが、ユウリはそれが無駄だということは骨の髄までわかっている。彼女の母はまったく人の意見を聞かないのだ。
 はあ、とため息をついたユウリはそれに気づいてはいなかった。考え事をしていたのもひとつの原因であろう。
 次の瞬間、地面に何かが叩きつけられる音と、奇妙な声が当たりに響いた。


 ユウリは、一瞬吹っ飛んだ意識を取り戻し、現状の把握にいそしもうと必死になっていた。体中が痛い気もするが、そこは何とかこらえて、考え出した。
 確か、母さんに頼まれた畑仕事をして、やっと終わって、家に帰ろうとしてて、考え事してて・・・・・・。躓いた? ・・・・・・何に?????
 痛みを我慢しながらユウリは起き上がると、ユウリは目を点にしてその足元を見た。
 その足元には一人の人がうつ伏せになって倒れていた。
 しばし、ユウリの思考が停止する。
 思考が停止した状態で、周りを見渡す。周りには何もない。躓くようなものはない。
 ・・・・・・もしかして、これに躓いた?
 思考がゆっくりと動き出す。
 多分、あたしの下敷きになったんだよね? ・・・・・・やばいっ!!
 急いでその場から退くと声をかける。
「だ、大丈夫ですか? もしもし!?」
 うつ伏せになった人は動く気配はない。よく見ればその人はこの国では一般的な栗色の髪。衣服から出る肢体は日に焼け褐色となっている。旅人だろうか、軽装をして小さな荷物を手にしている。長く旅をしているのか、それらは薄汚れていた。
 肩をたたきながらもう一度声をかけてみるが、依然と動く気配はない。
 不安が心を占める。次第にそれは恐怖へと変化していく。何度、声をかけても反応しない人。
 どくん、と心臓が跳ねる。
 今度はもっと強く、声を上げて呼んだ。
 嫌だ。これは、嫌。
 何度も何度も繰り返し、呼ぶ。まるでそれは恋人との別れを惜しむようで。
 そして、そのとき。
 小さくかすれる声がし、栗色の髪に隠れていた面が上げられた。
 一瞬。
 瞬きをするほどの時間の中で、永遠ともいえる一瞬。二人の視線が絡み合うように交差した。
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