雨〜始まりと終わり〜

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  第二話 生まれいづる想いが 1  

栗色の髪に隠れていたのは何もかも見透かしてしまうような、青。まるで空を切り取ったような青色の瞳だった。
 ユウリはその瞳にしばし見とれた。そして、その色は鮮明にユウリの心に色濃く残る。言いようのない波が押し寄せては、引いていく。
 青色の瞳がそらされたとき、ユウリは我に返り、傍によった。
「大丈夫?」
 問いかけた言葉に答えはない。ただ、かすれるほど小さい、衣擦れに掻き消されてしまうような言葉が耳に届いた。
「ほう、せ・・・・・・がさ・・・・・・、・・・、と」
 途切れ途切れに聞こえる言葉。けれどその言葉が何を示しているのかは、ユウリにはわからない。わかるのはその響き。

 切なくなるほどのその響きは、怖い。

 その響きを聞いたのは今までで、二回。一度は夢で、二度目は、ティエイラが倒れたときだった。
 暑い日、だった。
 帰ってくるのが、遅くて、父であるキストと心配していたのだ。いつもなら帰ってくる時間になっても帰ってこなかったから。心配で、心配で、二人で探しに行った。

 正直、怖かった。

 失くしてしまうのか、と。私が置いていかれるのか、と。

 だから、ティエイラが倒れているのを見つけたときは、心臓が凍るかと思って、血の気が引いていくのがわかった。目の前が霧がかったように霞んでいって、何の音も聞こえなくなった。キストの叫ぶ声すら届かない。
 ただあるのは、これが罪なのだと、咎なのだと思うことだけだった。
そう、そのときだった。ティエイラが言ったのは。
 何度も、何度も繰り返し。
「ごめん」
 といったのは。
 何に対してそれをいっていたのかはユウリは知らない。もしかしたらユウリに対してかもしれないし、キストに対してかもしれないし、もっと別のものに対してかもしれない。けれど、その響きは胸が苦しくなるほどの切ない響きで、悲しくて、苦しかった。どうしようもないほど。
 ふ、とユウリは現実に引き戻される。それは自然に。
 彼の人を見れば、息が荒く、どこか虚ろな目をしている。
 ユウリは迷わず自分の持っていた水筒を口に含ませる。ごくり、と喉から嚥下するのを見届けると、彼の人を背負い歩き出した。暑さなど、すでに忘れていた。助けなければいけないという観念に囚われて。足取りは重くとも、確実に家に向かって進んでいた。

+++

 探さなければ。見つけなければ。
 この世に、唯一の「宝石」を。
 けれど。
 このまま見つけることができなれば・・・・・・?
 家族は?
 友は?
 俺は?
 ずっと、ずっと――――・・・・・・。



 誰かの呼ぶ声がした気がした。それは優しくて、甘い、求めていたような、声。



 ふと、目の前に黄金の輝きが見えた。その輝きは優しく、すべてを包み込むかのように包容力に満ちている。
 手を伸ばした。
 だが、手はそれに届かず、空を掴んだ。届かないのがもどかしく、必死に手を伸ばし追いかけるが追いつかず、その輝きは瞬く間に掻き消えた。
 呆然とそれを見ながら、ひどい後悔に襲われた。

+++

「ねぇ、大丈夫? しっかりしてっ!!」
 ユウリは懸命に声をかけていた。自分の辛さを忘れるように。
 汗がだらだらと滝のように額から流れている。手足は痺れ、たった一歩進むことさえが苦痛だった。けれど、ユウリは歩みを緩めることはない。背負っている少年はぐったりとして動かないからだ。それはまるで『死』のようで、怖くて、怖くて。死は突然に訪れるものだと知っているからなおさら怖かった。
 ユウリは唇を噛む。眦にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 そのとき。
「ユウリ? どうした?」
 目の前にいたのは長身の男性。栗色の髪と瞳をもつその人は、さも不思議そうにユウリが背負っている少年を見、ユウリに視線を戻した。
 ユウリは悲痛な声で、今にも泣き出してしまいそうな顔で叫んだ。
「父さん!! お願い、助けて!!!」
 その言葉を聞いた男性――父・キストは一瞬顔を歪め、彼女の様子とぐったりとして動かない少年をみて状況を悟ったのか一つ頷いて彼女の代わりに彼を背負って家路へと急いだ。

+++

 どこまでこの子の心に根付く傷は深いのか。あのときにしたことはもしかしたら間違いだったのかもしれない。
 けれど。
 もしもまたあの時と同じことになっても何度でもこの選択をしてしまうかもしれない。生きていてほしいから。それが自分たちの傲慢だと知っていても。
 このことが彼女をひどく傷つけると知っても。何度でも選んでしまう。
 何を歪めてしまおうとかまいはしない。
 咎は受け入れるから、どうか、どうか、生きて。

 幸せになって。
 それだけが、唯一の望みだから。他に望むものなどないから。

+++
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