雨〜始まりと終わり〜

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  第二話 生まれいづる想いが 3  

瞼を開いた瞬間に広がった景色に彼は、どこかぼんやりとここは家なのかと思った。けれど徐々に覚醒していくにつれ、ここは『家』ではないのだと思う。まだ何も見つけていないのだから『家』に自分がいるはずがないのだ。
 完全に覚醒した頭でここはどこだ、と思う。起き上がり見れば自分が置かれているのは寝台の上、そしてそこに突っ伏すように寝ている少女がいるのみだ。
 驚きつつも現状を把握するために、意識がなくなるまでのことを思い返してみた。まず山の麓の村を出て山の中にはいっていったのだ。
 そういえば、村の人たちに黙って出て行ってしまった。特に村長にはとてもお世話になったというのに。はぁ、と溜息を一つ吐くと、馬鹿らしくなってきた。そう、あのときは確かに急がなければこんなことになるはずはなかっただろう。きちんと準備をしてあの村を出ることができたはずだった。けれどひどく焦燥に襲われ一刻も早くあの村を出たかった。止まっていてはいけないような気がしたのだ。
 ああ、いつかお礼をしに行かなければ。この旅が終わったらまたあの村に行こう。そしてまた話を聞かせて欲しいと思う。あの村長にはたくさんの話を聞いた。国の成り立ちや村の内事に関することなど様々な物語。それは悲劇であったり、喜びであったりいろいろだったけれど。他にも聞いたことのないような話から、はるか昔の話など、それは尽きることがなかった。特に、太古に行われたという『神狩り』には興味を持った。
昔はこの国にも神々がいたらしいが現在ではその存在すら確認されていない。むしろ国自体が『神』という存在に否定的だ。国の開闢のときには八百万の神がいたという書籍もあるがそれは定かではなく、神は存在しないというのがこの国での常識だ。それゆえに祈りのときなどは神に祈るのではなく、王に祈る。例えば、初代国王や8代国王など国において多くの功績を残したり伝説を残したりした国王に祈ったりする。この国において国王こそが唯一絶対の存在なのだ。
とつらつら考えていた彼は、ぴくりと動いた掛布に視線をやった。その先にいるのは先ほどまで寝ていた少女だ。俯いて寝いたせいかその前髪は少し寝癖がついてあらぬほうに向いており彼は少し苦笑した。
 虚ろな瞳をしていた少女は次第に現状を把握していったのか、表情が変わっていく。最初は、驚きから次に苛立ちへと。きっと笑っていることに怒っているのだろう。
「そんなに笑わなくてもいいと思うのですが」
「はは、ごめん君の寝癖がなんか面白くて」
 その言葉に少し頬を染めながらぱぱっと髪を撫で付け、軽く直す。
「しょうがないじゃないですか、うつ伏せで寝てたんです。しいて言えば、あなたの看病をずっとしてたんです。笑われる筋合いはありません」
 ふんと頬を膨らませた少女はぷいっとそっぽを向いた。心なしか頬が赤いような気がするのは気のせいだと思うことにしよう、そう決め彼はひとまず笑いを収めて、彼女にちゃんと向き合った。
「ありがとう」
 いきなり礼を言われた彼女はぽけっと彼を見、ついで照れたようにどういたしましてと言った。
 とりあえずお礼を言った彼は聞きたいことはいろいろあったが、まずしておかなければいけないことからすることにした。
「俺は、ロレイヌ・アーシュ。君の名前は?」
「私は・・・・・・」
 そういって彼女は口籠り、視線を彷徨わせる。その様子に彼は彼女が戸惑っていることを悟る。
「まあ、こんなよそ者に言いたくないならいいけど、『君』っていつまでも言うのはどうかな、と思ったから聞いたんだけど。言いたくないならいいよ。そのかわり適当に呼ばせてもらうから」
 その言葉にひくり彼女の頬が攣った。適当、とはどんな呼ばれ方をされるのかまったく想像できない。けれど、名前を呼ばせていいものか悩む。そう数瞬考え、数日しかいないだろうという結論に達し、呼ばせてもいいかということにたどり着き口を開いた。
「私はユウリ。ユウリ・ストリアル」
 そのときに浮かべたのは太陽の微笑。冷たい雪さえ溶かしてしまうほどの暖かさに満ちた、心からの笑顔。

 ことり、と音を立てて静かに何かが動き出した。
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