雨〜始まりと終わり〜

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  第四話 心震わせ儚き夢を 1  

ロレイヌはただ呆然とその庭を見ていた。ロレイヌが庭といって思い浮かべるのは、手入れのされた芝生、色とりどりに咲き乱れる花々、甘い匂いのする風だ。
 だがここの庭は、庭ではない、荒地だ。伸び放題の草、蔓、花、木。どう頑張っても庭といえるものではなかった。その中一人黙々と草刈に勤しむ少女を彼は見る。彼にここを整備するのを手伝うように言った少女だ。
 朝食を食べ終わった後、ロレイヌはユウリに何を手伝えばいいのか聞くと、少し戸惑ったあと庭を手伝ってほしいといったのだ。その庭が現在目の前に広がる空間である。
 けして庭だとは思いたくないロレイヌはけれどため息を吐きつつユウリに倣い、同じように草を抜き始めた。きっと今日だけでは終わらないだろう。この庭を綺麗にするまでにどれだけ時間がかかるのか想像するだに恐ろしい。そう思いながら黙々とロレイヌもまた作業を始めた。

 そうして二人で庭の整備を始めて5日目。ようやく『庭』と呼べるものになった。後少しで終わるだろうというところで、二人は休憩に入った。庭の隅の木陰に入り、地面に座る。木陰で少しひんやりとした土が火照った体を冷やしていくようだった。
「あのさ、」
 ロレイヌは一呼吸置いて、ここ数日疑問であったことを口にした。
「どうしてここら辺には家がないんだ? それに村人にも会わないだろ?」
 不思議だった。ここの家の人々はどうして人と関わろうとしないのか。けれど、ユウリは口を閉ざしたままでそれに答えようとはしない。

 まるでそれは刃物で傷口を抉られたようで。けれど、叫ぶこと、泣くことさえできない。
 助けて、といいたかった。ただ一言、その言葉を言いたかった。

「父さんと母さん、静かに暮らしたいんだって」
 ようやく唇に乗せて紡ぎだした言葉は震えて、怯えているようだった。
「そうか。・・・・・・なぁ、ユウリ、何に怯えてるんだ?」
 びくりとユウリの体が揺れる。そろそろとロレイヌを見るユウリの瞳には確かに怯えの色が見えた。
「な、何を言ってるのかよくわからないけど、あたしは怯えてなんかないよ?」
「嘘をつくな。俺でよかったら聞いてやるから言えよ。我慢する必要なんてないだろ?」
 他愛無い言葉。多分ロレイヌは単なる悩みだと思っているのだろう。けれどそれは大きく違う。それ故にユウリは口を閉ざして俯いた。
(誰もわからない。誰もこの気持ちを知ることなんてできるはずがない。どうして、どうして、辛くても悲しくても泣きたくても大声で叫んでしまいたいほどの激情を押し隠しているのにこの人は吐き出させてしまおうとするの? 知らないくせに、どれほどの痛みを伴うものなのかを知らないくせに。何も知らないからいえるんだ)
 そう思った直後、ユウリの心に浮かんだのは『憎しみ』。
(どうしてこの人はのうのうと生きているのに、私は。私は・・・・・・)
 きっと面を上げたユウリはロレイヌに向かって常ではありえぬ感情を向けた。
「何も知らないくせに、いい加減なことを言わないでっ!! 何が、我慢する必要がない? お前が私の何を知っているというの? 言ってみなさいよ。言えるわけないでしょ? たった数日過ごしただけだもんね。そんな人間が私に向かっていい加減なこと言わないでよ!!!」
「・・・・・・確かに俺はユウリのことを何も知らないのかもしれない。でもさ、知ってることもあるんだ」
 静かにユウリの激情を受け止めるようにロレイヌは話を続ける。
「ユウリはティエイラさんとキストさんの言うことはどんな些細なことでも聞いてるだろ。それにちゃんと人の話を聞いてくれるだろ。それに、」
 そうしてロレイヌは一つ一つ知っていることとあげていく。それはほんの些細なことであり、他愛のないものであったけれど、ユウリを驚かすには十分で、ユウリははっとしてロレイヌを見つめた。けれど、何かを堪えるようにまた俯いてしまう。それを見つめ、ロレイヌは一つ嘆息をつくと、ユウリと向かい合うように据わりユウリの体を自分に引き寄せた。突然のそれに彼女は驚き、何をするのだと彼を見上げようとしたが、大きな掌によって彼女は温かい胸に顔を寄せることとなる。


「ユウリ、お前が俺にとっての唯一の宝石だよ」
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