雨〜始まりと終わり〜

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  第四話 心震わせ儚き夢を 2  

 ユウリは目を見開いたまま硬直していた。何が今、起こっているのかまったくわからない。ただわかるのは体中に広がる温もり。聞こえる鼓動。
 それらが心地よく、思わず、奥底に眠っている唯一つの想いを言いそうになってしまう。涙がこぼれるほどに、そこは安心できて、眠ってしまいたかった。
 そこに降る、低く、力強く、優しい声音。
「ユウリ、聞いてほしいことがあるんだ」
 びくりとユウリが体を震わせる。そして理解した。この温もり、鼓動が誰のものなのかを。
 理解すると同時に、その腕の中から逃れようと身を捻らせる。けれど、力強いその腕に封じ込まれ逃げることはかなわない。
 恐怖で体が震えた。
 その震えを抑えるように声が上から降ってくる。
「聞くだけでいい。ただ聞いてほしい」
 相変わらず体は恐怖で震えていたけれど、でもそれでも恐怖を押し隠すように、ユウリは微かに頷いた。
「ありがとう」
 その声はユウリの心に深くしみこんでいった。

「俺の本当の名前は、ロレイヌ・アラセーシュ。宝石を捜し、旅をする一族のものだ」
「本当の、名前? ほう、せき?」
 わからないと言外に訴えているユウリを見やり、その声は優しさを増した。
「最初から話そうか。俺の一族は、アラセーシュ家は、その昔から伝わる古い掟があるんだ。アラセーシュ家に生まれたものは15になると同時に宝石を捜して旅に出る。男女どちらも必ず。もちろん無知のまま旅に出ることは子供にとって厳しい。だからそれまでに様々な教育を受けるんだが、これは別にいいか」
「どう、して? 危険を冒してまでも宝石を捜すのはどうして? そんなに名声がほしいの? それとも地位? お金?」
「そうでもあるし、そうでもない。俺たちの一族にとって『宝石』とは、宝玉類の事を指さない。例えば、『人』を指したりもする」
「人・・・・・・」
 ぽつりと囁くように唇を動かすユウリにロレイヌは微笑み、その手に力を込める。
「そう人。でも今ではもう本当に『宝石』を見つけ出してくる人はいない。旅をして見て感じたことをその後に人生にいかんなく発揮できるようにすることが目的のようなものになってきてるな。例えば、医師や商人、教育に関するまで多くの事業に幅広く手を伸ばしている一族を知らないか? それが俺たちの一族だ」
 あまりユウリは世事に詳しいわけではない。人に関わろうとしなかったためそれは仕方ないことなのかもしれないが。それゆえにロレイヌの言うところを良く理解することはできなかったが、それでもロレイヌの一族がすごいことはわかった。様々なことに手を出してるというのならば、彼らがいなければそれらは発展しなかったことだろう。そうであるならば、彼ら一族はこの国にとって重要な位置に存在しているはずだ。
 ならば、なぜ、そんな彼ら一族の出であるロレイヌはユウリに執着するのか。それがわからなかった。
「じゃあ、なんで」
「何で、ユウリにこんなに干渉するかって?」
 こくりとユウリは頷き、ようやく顔を上げた。ちゃんと目を合わせて聞かなければいけないような気がした。
「それは、ユウリが俺にとっての『宝石』だからだよ。俺たちにとっての宝石とは、自分にとっての唯一のものを指すんだ。俺の父さんと母さんてさ、すごい仲がいいんだ。父さんは、旅で母さんと出会って結婚までこぎつけたんだ。父さんにとって母さんが『宝石』なんだよ。それを見て育ってきたせいか、俺も見つけたいと思って俺にとっての唯一の『宝石』を」
 抱きしめていた腕が緩み、視線が重なる。
 その先は聴いてはならないと警告を発している。けれど同時に、その先を狂おしいほど聞きたいと思ってしまう自分がいることを自覚していた。
「俺にとって、ユウリが唯一の宝石だよ」
 雲が空全体を覆う。雨が、雨が降ろうとしていた。
 ユウリの手がロレイヌの頬に触れようとした瞬間。有利は目を見開き、ロレイヌを突き飛ばした。
「・・・・・・っ」
 その顔は歪み、泣きそうになるのを必死に抑えようとしているようだった。そして、彼女は走り去っていった。けして後ろを振り向くことなく。


 どうしてあたしなのだろう。
 もしも、あたしでなければその手を喜んでとることができたのに。
 ああ、これはあたしの罪ですか。
 目の前にある幸福すら手放せという。
 なら、どうして、彼をここに入れたのですか。
 苦しい、くるしい。くるしいよ。


 彼らはその様子を見ていた。
 涙をたたえる女性とそれを抱きしめる男性。同じ栗色の瞳は慟哭してるようにも見える。
 ティエイラとキストはこうなることを知っていた。
 これは彼女が望んだ『願い』であり、これから起こることに恐怖したゆえの行動。
 これは罪であり、罰。

 雨が、降る。

 これは罪であり、罰のはずだった。
 けれど、それでも、願わずにはいられない。
 彼女が幸せであるようにと。

 雨が降る。
 それは、合図。
 すべてを洗い流す、合図・・・・・・――。
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