雨〜始まりと終わり〜

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  第五話 露となる刹那まで見続ける 1  

 はらはらと舞い降る雨は、どうしてこんなにも切ないのだろうか。

 運命は狂い、歪み、その代償を負った。期限と永劫、与えられた二つの罪はけして軽いものではなく、むしろそれを互いに知るがゆえにその心に傷を植え込んでゆく。けれど選んでしまったものを帰ることはできず、過去に戻ることさえ不可能。
 15年前にかなえられた奇跡は、このとき、終焉を迎えようとしていた。


***


 ロレイヌはもうずっとそこに立ち尽くしていた。
 ずっと探し求めてきたものだった。父から、兄から話を聞くたびに自分だけの宝石を見つけたいと願っていた。そして、見つけられれば必ず手に入れられるのだと、驕っていた。
 彼女から感じられたのは唯一つ、拒絶。見たのは、涙を流す直前のような瞳。聞いたのは、震える声。
 彼はふっと唇を歪めると笑った。悲しさなのか、怒りなのか、苦しさなのかさえわからない。自分の中でも消化できない想いがとぐろを巻いて胸のうちを暴れまわる。ただ腹の底から笑いだけがこみ上げてくる。
 やがてその笑いも止まり、ロレイヌは静かに空を見上げた。どんよりとした雲はまるでロレイヌの心を映したよう。
 雨は止むことを知らず、降り続ける。
 さあさあと雨の音がすべてを洗い流すようで、彼は目をきつく閉じた。
 今は何も見たくはなかった。

 どのくらいの間そうしていたのか。ロレイヌはさくりさくりと音を立てながら寄ってくる足音に瞼を上げた。視線をずらした先にいたのは、二人の人物。ユウリの父母、キストとティエイラであった。
 二人は肩を寄せ合い、ロレイヌと一定の距離を置いて対峙した。1拍を置いて、美しい声が静寂が漂う庭に降り注いだ。
「15年前、一組の夫婦の間に可愛らしい女の子が生まれたわ」
 脈絡もなく紡がれる言葉にロレイヌはただ意識を傾けた。それがユウリに関することであると心の奥底ではわかっていた。優しくて、優しくて柔らかいその声は、静かに語りだす。悲しみの日を。

 雨は降り続き、3人はすでに全身びしょぬれだ。だが、誰一人としてそこを離れようとするものはいない。
 雨に、瞳に、言葉に囚われて動くことすらできず、全身を鎖で縛り付けられたように体が軋む。
「私たちは幸せだった。ずっと願い続けてきた夢だったから」
 何が、とは問わなかった。それはもう明白だったから。
 ティエイラは肩を小刻みに震わせはじめた。キストの服の裾を掴み懸命に泣くのを堪えるようにしている。キストはそんな妻を見やり、抱き寄せ、ロレイヌを見た。
 彼はただぼんやりとその光景を見ていた。
 なぜユウリがなくのか、なぜティエイラが泣くのか、なぜキストが痛ましげな眼差しを自分に向けるのか、そのすべてが不可解だった。
 その、言葉を聞くまでは。
「ユウリは、一度15年前に死んでいるんだ。そして、今日、また死んでしまう」
 一瞬何を言っているのかわからなくて首を傾げた。
 彼は笑った。
 ありえるはずがない、死んだ人間が生き返って、また死ぬなんてことは。どう考えたってありえるはずではなかった。
 けれども、キストの真剣な瞳が、ティエイラの胸をつくような悲鳴の泣き声に彼の笑いは凍りついた。
「・・・・・・本当に?」
「ああ」
「どうして」
 ちらりと、泣き続けている妻を見てさらにキストは強く抱きしめた。
「・・・・・・15年前の今日、村に住んでいたときの家に賊が入り込んだ。気づいたときにはもう遅く抵抗する余地さえなかった。ユウリを助ける暇さえなかった。一瞬だったよ。あの子の小さな体を刃物が貫いたのは」
 今でもその光景は鮮やかに脳裏に浮かぶ。目を離すべきではなかったのに、後悔してもそれは遅かった。だめだ、といわれたときの絶望感を忘れることなどできない。あの恐怖をもう二度と味わいたくなどなかった。
「村?」
 ロレイヌが問うた。彼らが現在住んでいるのは村ではない。村はこの山のふもとにあると以前ユウリが言っていたし、実際にロレイヌはその村に一時滞在していた。ここは山の麓ではなく、山の中ほどだ。
 ロレイヌが不思議そうにしているのを見て、キストは答える。
「ユウリが生まれた頃は山の麓にある村に住んでいたんだ。命からがら逃げ出してこの山に逃げたんだ。最後の望みをかけて」
「最後の望み?」
 それがここに住んでいるのと関係があるのか? と思いつつキストを見据える。その顔はもうすでにぼんやりとした顔ではなかった。
「ああ、この森神様に縋ることにしたんだ」
「森、神?」
 その言葉を聞きロレイヌの顔は驚愕に染まる。
「神は、いるのですか? 確か神は『神狩り』によってすべて死に絶えたのではなかったのですか?」
「それでもいるんだよここには神が。ちょうど、今日が森神を祀る日さ」
 キストが指差す方向を見れば、眼下には灯火がいくつも輝くように光っていた。
「森神様は古くからここの地を守っているといわれている。そのときは本当にいるかはわからなかった。だからこそ最後の望みだった。もう神にしか縋れなかったから。何だって良かったユウリの命を救ってくれるのならば」
「そう、・・・・・・なんでも良かったのよ。私の命を差し出すことすら厭わなかったわ」
 ティエイラは未だ涙を湛えながらそう呟いた。
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