雨〜始まりと終わり〜

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  第五話 露となる刹那まで見続ける 3  

『その命を救うためにこの血の人間を殺してもかまわぬ、と? 世界すら滅ぼしてもかまわぬ、とお前は今言ったのだ。その意味がわかるか?』
 その言葉を聞いたとき自分が今何を言ったのか一瞬わからなくなった。震えながら腕の中にある存在を見る。もう鼓動さえ聞こえなくなったユウリ。ただ一人の娘。
 この命とこの地に住む人の命を秤にかけるというのか。この命と世界を?
 どちらが重いのだろう。秤になどかけるべきではない。けれど、今どちらかを選択しろと迫られている。
 キストのほうを見れば青白い顔をしてやはりユウリを見ていた。
 比べ、られるはずがない。そんなこと決まっているのだから。ティエイラは覚悟を決めて言葉に乗せた。
 人を犠牲にすることはできない。けれどこの子には生きていてほしい。そう思った。そう、何を引き換えにしても、と。ならば。

「私の命と引き換えにこの子を助けてください」

 その瞳は覚悟を決め、そして何より母の瞳だった。毅然と相手が何者であろうとも立ち向かうその姿はいっそすばらしい。その姿を見たキストも覚悟を決めたように背筋を伸ばして告げる。

「私の命も使ってもかまいません。どうかこの子を助けてください」

 そう二人はこの山に入ったときから後には引けない道に入っていたのだ。もう引き返すことなどできない。引き返すくらいならここにはけしてこなかった。
 ふー、と長いため息をついて神は彼らを一瞥する。その決意は確かだろう。だがそんなに簡単な問題ではないのだこれは。
『本当にその決意は変わらないと誓えるか? まことにその命を差し出してもその娘を助けたいと心から願うことができるか?』
「「はい」」
 二人は同時にその決意を言葉で表した。ならば、と神は哂う。
『ならば背負え。その罪、咎それにより起こる歪みをその身に背負うと。人間とのかかわりを断ち、死ぬまで人間に関わらないと』
 ティエイラとキストの顔に光が差した。
「はい、誓います」
「誓います」
 その瞬間二人にはわからないほどの一瞬神は哂った。そして厳かにその唇から言葉は紡がれる。
『光は儚く散り、闇が艶やかに咲く。生は開闢と共にあり、死は終焉を齎す。果て無き無垢な連鎖は悠久の間、脆弱な二対の魂を桎梏する。彼岸に行く哀れなる穢れなき魂の時を戻し』
 ユウリの体が淡く光りだし、顔に赤みが差してくる。
『十五の後、残酷なる終焉を!』
 くつくつと神が哂う。それは心底おかしそうに、まるで滑稽だといわんばかりだ。
『いいか良く聞け。その子供は生き返る。しかし、15年という年月が過ぎたら死ぬだろう。もっとも残酷な死で』
 次第に神の姿が溶けていく。
『あはは。お前らはここから出ることは叶わない。足掻きながら死を待つことだ』


「なっ、それがここに住まう森神!?」
「ああ」
「そうよ。古よりこの地を守り続きた神」
「人の命を弄ぶようなものが!?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙が降りしきる。風邪の寝も木々の囁きも大地のざわめきも何も聞こえない。聞こえるのは雨音と鼓動のみ。
「・・・・・・、ユ、ユウリはこのこと」
「知ってるよ。森神様が伝えたらしいから」
「!?」
 淡々というキストにロレイヌは瞠目する。
「どうして!? どうしてユウリが今死んでしまうというのにそんなに冷静でいられるんだ!?」
「森神様は確かに今日ユウリの命を奪っていくわ。でも、今日この日まで生かしてくれたのは他でもない森神様なのよ!!  私たちがどれほどの葛藤を繰り返してきたと思ってるの!?」
 激するティエイラにロレイヌはたじろいだ。我が子が死んでしまうというのに冷静でいられるはずがない。そう見えてしまうのは彼らがそう見えるように振舞ってるからだ。
 そしてふとロレイヌは疑問を持った。どうしてこの二人はあって少ししかたたない自分なんかに彼らの秘密を明かしているのだろうか、と。
「どうして、俺にこのことを話したんですか?」
「・・・・・・君はユウリをどう思う?」
「?」
「答えて。それがとても大事なことだから」
「・・・・・・大切な、大切な存在。傍いにいて笑ってほしいと心から願う人です。いつものどこか悲しい笑みじゃなくて、本当に心からの笑みを」
 その言葉を聞いて二人は微笑んだ。そして安堵したように一息つく。
「だから話したの。私たちじゃ、ユウリの傍にはもういられない。だから走って、捕まえて。諦めずに。さあ、もう行って時間がないわ」
 答えるよりも早く体が動いていた。後ろから声が聞こえる。
 あそこにいる、と。
 
 雨を退けながらロレイヌはただがむしゃらに走った。風のように森の中を駆け抜け、前方に見える大木を目指した。
 闇に中であってもそれは確かに存在し、光を浴びて一際凛と輝いていた。
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