雨〜始まりと終わり〜

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  第五話 露となる刹那まで見続ける 4  

 少女は一人祈っていた。それは切なる願いであり、また彼女の我侭でもあった。
「どうか、どうか私を忘れてくれますように」
 黄金の髪を持つ少女は瞼を開き、その美しい光景を見た。
 おりしも今日は15年前に彼女か一度死んだ日であり、山の麓で行われる森祭の日でもある。
 村は光で満ちており、笑い声やうれしそうに微笑む顔がまるで見聞きできそうであった。
 そしてユウリは瞼を閉じる。
「どうか、母さんが私を忘れてくれますように」
 星が一筋流れた。
「どうか父さんが私を忘れてくれますように」
 また、星が一筋流れる。
「・・・・・、どうか・・・ロレイヌが・・・・・・」
「俺は忘れないっ!! 」
 それは聞きたくて、聞きたくない声だった。ユウリは恐々と声のしたほうを振り向いた。

 ロレイヌは無我夢中で走っていた。
 雨がもうすでに止んでいることにさえ気づいてはいなかった。
 大木に近づくにつれて、声が聞こえてきた。細い、儚い声だった。
 その声を、知っていた。
 ロレイヌは走る速度をさらに上げた。

 彼女は手を組んで横に伸びている大木の幹に座っていた。
 声が聞こえた。
――どうか忘れて、と。
何もユウリのことを知らないのに、忘れてなんかやらない。
 だから心の底から叫んだ。
「俺は忘れないっっ!! 」
 彼女はこちらを見た。月光でその表情が顕となる。驚愕と悲哀とほんの少しの嬉しさの混じった顔で彼女はこちらを見ていた。
「どうして?」
 黄金の瞳から何だが一筋零れた。
「どうして? ねえ、どうして?」
 まるでその姿は迷い続け、答えを捜し求めているようにさえ見える。
「俺は!! 俺は、ユウリをやっと見つけた」
 ようやく彼女のいるところまで辿り着いたロレイヌは、思いのたけをすべてユウリにぶつける。そうしなければいけないような気がし、そしてまたそうしなければユウリの心を動かすことなどできないような気がしたから。ユウリの心はもう死に囚われている。生きたい、とその口から言わせたかった。
「ずっと、ずっと探してた。世界を旅し続けて、やっとユウリに逢えた。やっと一番大切なものに俺は逢えたんだ」
 初めて出逢ったときのようにユウリとロレイヌの視線が絡み合った。ロレイヌが柔らかく微笑む。まるでそれは冷たく凍った心を溶かす春の陽光のように眩しく、暖かい。
「おいで」
 たった一言、それだけで良かった。心に縛り付けていた想いが堰を切ってあふれ出してくる。涙はとめどなく眦から零れ落ちていた。
 両手を広げて自分を待ってくれる人がそこにいる。自分を受け止めてくれる人がここにいる。
 ユウリは闇から抜け出すように、ロレイヌの腕の中に落ちいていった。
「あ、あたし、生きたいっ!! 死にたくなんかないよぉ」
ロレイヌはユウリをきつく抱きしめる。誰からも奪われないように。
「ユウリッ、ユウリ!!」
 二人はお互いの温もりを確かめるかのようにきつくきつく抱きしめあった。
 そして二人は瞳を見つめ、唇を触れ合わせた。
 月光の中で、幸せそうに。それがたとえ束の間の夢であったとしても。

 ユウリとロレイヌは大木の幹の上に座り、ユウリはロレイヌの方に凭れ掛かっていた。ロレイヌはユウリの方に腕を回し抱き寄せる。
「ねえ、ロレイヌ?」
「何?」
ロレイヌがいとおしいにユウリを見つめる。
「あたしずっと怖かった。もう一度、今日死ぬって知ってたから。でも、もう怖くないよ? あなたがいるから怖くない」
 ロレイヌは悲しそうにユウリを見る。胸が痛んだ。
「ユウリ・・・・・・」
「あのね、ずっと私、私のことを忘れてほしかった」
 ユウリがロレイヌの言葉を遮って言葉を紡ぐ。
「私の静で父さんと母さんを世俗から放してしまったから。私が死んだらずっと忘れて幸せになってほしかった。でもね、あなただけには、ロレイヌだけには忘れてほしくないの。我侭だって知ってる。でも・・・・・・」
「忘れない。絶対に。誰がユウリのことを忘れても俺は忘れない。きっとティエイラさんもキストさんも忘れないよ」
「・・・・・・」
「それに、ユウリは今日死なないよ。死なせない」
「・・・・・・」
「俺が絶対に守るから」
 ユウリは微笑み、そして頭を振った。
「ううん。私は死ぬの。森神様が言ってたの。今日死ぬって。デモ機にしないで、私は今日この日まで生きてるはずはなかった。今生きていることが不思議なくらいなんだから。もう怖くないから」
「そんなの、俺がいやだ。やっと俺だけの『宝石』を見つけたのにっ!!」
 雨が降り出す。
「ロレイヌ・・・・・・。私、幸せだよ?  あなたの幸せはきっと別の人が届けてくれる。私のことは時々思い出してくれればいいの」
 雨足は強くなり、すでに豪雨となりつつある。
「だから、さようなら。帰って」
「ユウリッ!!」
「さようなら」
「ユウリ、行くなっ」
「森神様が来る」
「ユウリッ!!!」
 次の瞬間、ロレイヌは地面に叩きつけれられていた。ユウリがロレイヌを押して、木から落としたのだ。
 遠くで雷が落ちた。

 ユウリもまたひらりと地面に舞い降りる。
「あなたに見てほしくない。私が死ぬ瞬間を」
「ユウリ・・・・・・俺は」
「ロレイヌ・・・・・・」
 その先に言葉は続かなかった。脳に清廉な声が響いたからだ。
『残酷な死を』
 脳で考えるよりも早く体が動いていた。
――どうしてこんなに時間て長いのかな?
 手を伸ばす。
――ああ、私は死んでしまう。もっと生きていきたかった。
 両手で彼を突き飛ばした。
――ロレイヌ、あなたと一緒に。
 ユウリはロレイヌを突き飛ばし、彼のいた場所で雷を全身に受けた。
 ユウリの瞳にロレイヌの姿が映った。驚愕の瞳でこちらを見ている。
 地面に崩れ落ちる体。ロレイヌがユウリを抱き上げる。その表情はどうして、とといていた。
「っ、ユウリッしっかりしろっ!! 俺を、俺を一人にしないでくれ!! 」
――笑って。
「わ、・・・・・・笑って?」
 か細い声がロレイヌの耳に届く。
「私、好き。あ・・・った、の、笑・・・が、お。悲し、ま・・・・ない、で?」
 ユウリは力のない腕でロレイヌの頬を撫でる。
 そして、その腕は静かに地に落ちた。
「あ、あ、ああああああああああああっっっ!!!!!」
 まさにそれは慟哭だった。


「ユウリが、ユウリッ!」
「・・・・・・」
 心にひびが入ったようにガラス細工が壊れていく。
「キスト」
「ティエイラ」
「「ユウリ」」
 二人は同時にたった一人の、娘の名を呼んだ。


「ユウリーーーーーーーーっ!!!」
 激しい雨がロレイヌを襲う。そして彼はまるで事切れるかのようにユウリの体に倒れた。
 それは雨から愛しい人を守るようで。
 二人は幸せそうに微笑んでいた。
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