空白の世界

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  第十話 守る、そのために  

 闇を突き抜けて、一筋の光を目指す。無意識に胸の辺りを掴んだ。そこは暖かく凍えた手を緩やかに溶かしていく。
 静かに目を閉じて、そこから出たことを知った。


「おかえり」
「おかえりなさい」
 まぶしい光が彼女を襲い一度目を閉じ、それからゆっくりと目を開けた。
「ただいま」
「ただいまー」
 同時に目が覚めたらしい彼は伸びをしてから、体中に張り付いている機器を無造作に引き剥がしだした。それを見て女性が目を眇めるがそれを一向に気にした風を見せず、はずしていく。
 彼女も丁寧に剥がしながら、彼女は目覚めたかと聞いた。
「ああもう目覚めてるよ。それにしてもずいぶんとイメージ、というか聞いていた話とは違う子だね」
「私にもよく、わからないわ。明は分かったみたいだけど……」
 名前を出された彼、明はようやくすべてはずせてすっきりしたのか晴れ晴れとした顔だ。
「ああそれについては彼女から話があると思うからー。さて仕事あとのジュースでものもーかね」
「いくわよ」
 ずるずると雪輝は明を引っ張りながら、所長が示した部屋へと向かっていった。

 その部屋に入ると一人の少女が優雅に紅茶を飲んでいた。その向かいには蒼白した顔で少女がもう一人の少女を見ていた。
「現実の世界でははじめまして、かしら?」
「そうね、はじめましてなのかもね」
 そういって紅茶を飲んでいた少女――アヤは雪輝に向かいに座るように手で示した。雪輝は明を引っ張りながらソファに座る。
「さて、話を聞きにきたんでしょう? 何から聞きたい? 何でも話すわよ? それなりのものはもらうつもりだけれど」
「なにをもらうつもりよ」
「それはあなたに言っても仕方ないわ。そう、あなたにとってはいいお話なのではないかしら」
 後半に言った言葉は雪輝に向けられたものではない。雪輝の後ろにはなった言葉だ。雪輝は後ろを振り向き、納得する。後ろには所長がいた。彼は興味深そうににやりと笑った。
「へー面白いことを言うね。さて僕にとって良い話とは何かな?」
「まあそれを言うには私の話をしないといけないのだけれど、まあいいわ。きっとあなたは私のお願いを聞いてくれるはずだから」
 うふ、と後ろにハートマークがつきそうな笑みに雪輝は眉を寄せる。
「そんなに怒らないの。可愛い顔が台無しよ。わかってるわよ話せばいいのよね。で、何から聞きたい?」
「あんたは何者?」
「わたしは夢の中でも言ったように、彩音であり彩音ではない存在よ。私のことはアヤと呼んでくれてかまわないわ」
「彩音はどこに消えたの?」
「ここ」
 そういってアヤは自分の胸に手を置いた。
「ここに彩音はいるわ。あなた眠ってる彩音に声をかけたでしょう?」
 突然話を振られた友里は一瞬驚きながらもはいと返事を返した。その声に覇気はない。
「彩音は迷ってる。信じていいのか、信じないほうがいいのか。信じたい気持ちもあるのよ? でもそれ以上に怖がってる。またあなたに裏切られるのが。だから答えが見つかるまで眠ってるのよ。きっといつか答えを見つけるわ。それまでの間私が表に出ることになるけれどね」
「いつ、彩音は起きるの?」
「分からないわ。明日かもしれないし、明後日かもしれない。もしかしたら10年後かも」
「そうか。で、君は何のために生まれたんだい?」
「それはもちろん、彩音を守るためよ」
 そういったアヤの笑顔はとても綺麗で、雪輝はそれに見とれた。『守る』ということはどうしてこんなに美しく、強いのか。この強さが欲しいと雪輝は切に願った。
「彩音は今必死に現実に立ち向かおうとしてる。でもまだ怖いのよ。だから私が世界に触れていてあげるの。私が起きているということは私が感じたこと、見たことはきっと彩音の中に残るはずだから。そうすればきっと彩音が起きたときに、世界から弾かれずにすむでしょう? 私は彩音のために生まれた。彩音を守るためなら何でもするわ」
「そうか。で、君の願いとはなんだい?」
「簡単よ。私をここにおいて欲しいの」
「それはできないお願いだね。僕たちは慈善事業をしてるわけではないんだよ。お嬢さん」
「わかってるわよ。でもこれはあなたにとっていいお話なのではなくて?」
「それはどういう意味かな?」
「面白いと思わない? 夢に逃げた少女はもう一つの人格を作り出して、少女自体は未だ眠ったまま。こんな事例早々ないと思うわ」
「それはそうだね。今まで何件も扱ってきたが僕も初めての事例だ。だからといって君を<夢狩り>にいれて僕たちにメリットがあるとは思えないね」
「あら、分かってるくせに私に言わせる気なのね。私を研究材料としてみてみないって言ってるのよ。調査をしているのでしょう? だったらこの珍しい事例を研究してみない? それも傍において」
「面白いね。まあ君の事は最初から誘おうとは思っていたから別に断りはしないよ。それに君は、ここに入るための条件をクリアしているからね。僕は大歓迎だ」
 二人で勝手に進む会話に口を挟む余地さえなく、雪輝たちは沈黙を守っていた。確かにアヤが加わるというならば、潜入班が増えるためそれは喜ばしいことだ。それに条件も一応はクリアしている。
「所長、でも彼女には友里がいるでしょう?」
 いきなり名前を出された友里は、驚いたふうに雪輝を見た。
「友里は彩音の友達だもの。私の友達ではないわ」
「ということだよ。決まりだ。君を正式に迎え入れよう」

「ようこそ、<夢狩り>へ」
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