沈黙の願望

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  第一話 "初"仕事  

「みんな集まったようだね? じゃあ仕事の話をしようか」
 所長は一人がけのソファに座り、足を組んで各々二人がけのソファに座るメンバーたちを眺める。所長から見て右側に桐江とアヤが、左側に明と雪輝が並んで座っていた。彼らの表情はすべてがバラバラで、所長はどこか楽しそうに、桐江は無表情に、明はどこか呆れ顔で、雪輝は怒りを浮かべ、そしてアヤは真剣そうな顔で所長を見ていた。
「今回の夢人は小学生だ」
「小学生、ですか?」
 雪輝が眉を寄せながら、所長に問いかける。
「ああ」
 腕を組みながら、どことなくいつもよりも楽しそうに所長が答える。
「あの」
 一つ声を上げて、アヤが手を上げる。
「どうしたい、アヤ君?」
 それに気がついた所長は視線をアヤに向ける。
「ゆめびと、って何かしら?」
 ああ、と納得したように所長が頷く。
「夢人とは、夢の中に落ちた対象者のことだよ。ただ、対象者というのも悲しいからね、夢に落ちる人、ということで『夢人』ということにしたのだよ。いい名だろう?」
 心底楽しそうに話す所長。それを黙って聞いている他のメンバーたち、アヤはその光景が異常だと感じたが、それをどうこうできるはずもなく、またする気もなく、そうですね、と答えるにとどめた。
「それで本題なのだが、夢人は小学生なのでね、心も体も未発達、ということになる。加えて、夢人は約二ヶ月近く眠り続けている」
 その言葉にいち早く反応したのは、明だった。先ほどまでの表情ではなく、その顔つきは真剣そのものである。
「ということは、短期決戦ということになる、か」
「そういうことになるんだよ。ことは一刻を争う」
「危険、ですね」
 ぽつりと小さな音が部屋の中に響いた。
「そうなんだよ、桐江君。これはとても危険な仕事になる」
 そこで一旦言葉を区切り、所長は順繰りとメンバーの顔を見る。
「夢人は幼いうえに、体が衰弱しきっている状態だ。現在は点滴を打っているおかげでそれ以上の衰弱は免れたが、予断は許さない状況だ。また夢に降りる人間もいつも通り二人というわけにはいかない。夢人への負担が増してしまうからね、一人で潜入することになる。それでも君たちはやれるかい?」
「やれます」
 瞬時に返事を返したのは、雪輝だった。次いで明がやるよ、といい、アヤも頷いた。そして、桐江はそれが仕事なら、といい、所長は満足そうににっこりと笑ったのだった。
「そうかい。そういってくれると思ってたよ、みんな。では、今回の潜入者だが、雪輝君に頼もうと思うんだが、いいかい? 今回の仕事はいかにすばやく仕事をこなすかが問われるものだ。一瞬の油断すら、命取りになると思ってもいいだろう。それに君の命だけではなく、夢人の命も関わってくる。生半可な気持ちでは今回の仕事は勤まらないが……」
「任せてください。必ず、無事に成し遂げて見せます」
 その言葉に微笑み、所長はじゃあ頼むよと、雪輝に声をかけた。
「では、桐江君はいつもどおり機器の管理を。明君とアヤ君は、今回は補助を頼むよ」
「はい、わかりました」
「わかった」
「わかりました」
 三人とも同時に応え、頷く。
「では明日の朝に夢人宅に向かう。各々準備を怠らないように。じゃあ、解散」
 ぱんと一つ拍手を打って、所長は立ち上がり皆を準備にかかるように促した。
「あ、そうだ、明君とアヤ君は桐江君を手伝って、機器を運んでくれたまえ。雪輝君には渡すものがあるからちょっとこっちに」
 皆それぞれに頷き、所長に言われたとおりの行動を起し始めた。

 所長に近づいてきた雪輝を見、彼は手にしていた資料を彼女に渡した。
「ここには、夢人に関する資料がある。細かい部分は分かり次第、君の元に送ろう。とりあえず、今のところはこれを頭の中に叩き込んでおいてくれ」
 そういって手渡された数枚の紙。それを雪輝はしっかりと受け取り、所長の目を見て頷いた。
「はい。任せてください」
「期待、しているよ」
「……っあ、ありがとうございます」
 常ならばない言葉に雪輝は一瞬呼吸を止め、そして緊張してお礼を言った。その言葉を聞くと彼はどこへともなく歩いて扉の向こうに消えていった。それを雪輝は見送り、与えられた資料に目を落とす。
 与えられた資料の枚数は三枚。そのすべてに夢人の家族構成や生年月日、所属小学校などが簡潔に明記されている。だが、いったん仕事が始まれば、資料の数はもっと増えることだろう。所長の仕事の速さはメンバーの中でも群を抜いており、またそれを明とアヤが補助をすることになるのだろう。
今までは明と二人で潜入を行っていたが、今回は初めての一人での潜入になる。不安はないかと問われれば、ないとは言い切れないがそれでも今までの経験と先ほどの所長からの激励。それがあればなんとかできそうな気がした。
そして、資料を一つずつ頭に入れながら、ふと疑問に思う。
 小学生ならば、親と暮らしているだろうに、どうして衰弱するまでになったのか、と。


「やっぱり、今回の仕事は雪輝が潜入か」
 重たそうな機器を車に運び込みながら、明はぽつりと呟いた。
「どういう意味?」
 明が呟いた声を拾い上げ、アヤが疑問を投げかける。
「そのままの意味。雪輝ってさ、意外とああ見えて面倒見がいいんだよ。嫌な顔しつつも何かと世話を焼いたりするし」
 そういわれ、アヤはそうかもと思った。先日、この屋敷の中を案内してもらったが、嫌な顔をしつつも手を抜くことはなく隅々まできちんと教えてくれた。疑問を投げかければ、眉は顰めるもののちゃんと返事も返していた。
「だから、今回潜入になったと思うんだよな。子供相手でもきっと、対応しそうだし。まあ心配といえば心配だけど」
「どうして?」
「雪輝は一人で潜入するのが初めてなんだよ。なっ、桐江さん」
 振り向いて同じく機材を運んでいる桐江に同意を求める。
「そうね」
 明の問いかけに同意し、桐江は持っていた機材を車に積み込んだ。その機材はさまざまあり、聞いても頭の中に入れるのは難しい名前のものばかりだった。ただその機材は高価なものばかりのようで、アヤは運ぶ際、繰り返し壊さないようにと念を押された。
「あなたは、一人で入ったことはあるの?」
 『雪輝は』という部分に引っかかりを覚え、アヤは明に尋ねた。先ほどから機材を車に運び込んでいるせいで、額に汗が滲む。それをハンカチで拭いながら、アヤは明の答を待った。
「俺はあるよ。俺のほうが<夢狩り>に入ったの早いし」
 細心の注意を払いながら明は持っていた機材を車に乗せる。そして疲れたようで、車にもたれかかる。
「雪輝が入るまでは俺が一人で潜入してたから」
「二人とも早く運びなさい」
 起伏のない声が耳に届き、明は肩をすくめて仕方ないなーとぼやき、再び機材を運ぶために来た道を戻っていった。アヤももう一度汗を拭うと、彼と同じ方向に歩き始めた。
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