空白の世界

モドル | ススム | モクジ

  第四話 迫る刻限  

 朝日が広い室内を照らし出す。そこには机が一つとソファが一つあるだけだ。そのほかに生活品らしきものは何一つない。しいていえば、その広い部屋の中に膨大な量の紙が積み重ねられ、散らかっているのみだ。
 その、部屋の中央。
 紙の脅威から逃れた僅かな空間――テーブルとソファがある――に彼らはいた。散らかった紙を手に取りながら片方の人間がため息をついた。そのため息をかき消すように、もう片方が声を張り上げた。
「ちょっと、どうするのよ!! 強すぎるわよ、あれの力」
 だよなぁ、とぼやきながら返答する声は幾分か疲れが見える。手に持った分厚い資料――2,3cmはある――をテーブルの上に置く。
「仕掛けるしかないんじゃないのか? 時間は動いてるけど、例の日までこのままだといかないだろう。いや、いったとしてもそこに真実は訪れない。あるのは偽りの夢だけだ」
 それに少女が頷き、瞼を閉じる。すると、部屋の中に淡い光が灯り、それは数枚の紙を彼女の目の前に重ねて落ちてくる。それを一瞥すればほしい情報が事細かに書かれている。
 これだけの情報をどのように手に入れたのかはいつも不思議に思う。
「そうよね。……それにしても何でこんなに強いのよ」
「……お前と同じくらいなんじゃないのか?」
 少女のこめかみに青筋が立った。あれと一緒にされることほど腹が立つことはない。こぶしを握り締め、少年を射殺すことができるほどに睨みつける。
「あたしのほうが上に決まってるでしょっ!!」
「……そうかよ。とりあえず仕掛けよう。二人、いや三人か?」
 怒気を感じ取り、少年は話題を少し逸らした。わざと言ってみたのだが未だに嫌ならしい。
 一方少女は、怒りは収まらないがそれでも、仕事、と言い聞かせ冷静になる。冷静にならなければ仕事を全うすることはできない。これは、教えだ。
 絶対に守らなければ、自分の身も傍らにいる少年の身も危険にさらしてしまう。
 これをすることができるのは自分と彼だけだ。どちらとも欠けることは許されない。自分たちは生かされているのだから。
 冷静さを取り戻し、頭を働かせる。
「三人? でも実際は一人でしょ? 一人でいいんじゃない?」
「そう、だな。じゃあ、頼んだぞ」
「わかってるわよ。……はぁ、抵抗強そう」
 そこで彼女はめんどくさそうに頬杖をついた。いつもにも増してやる気が感じられない。その原因は先ほど言ったとおりである。強すぎるのだ、力が。
「まあ、頑張るんだな。お前も俺もそろそろ限界だろ? さっさと終わらせようぜ」
「あたしはまだ平気よ。でも、そうね、早く終わらせましょう。……それにしてもたかだかこれくらいのことでこんなになるわけ!? 馬鹿じゃないの!! 本当に何もわかってない、甘ったれだわ」
 心底呆れた風に言い放つ。その言葉に少年が微かに目を眇め、そして普段どおりに振舞った。
「彼女にしてはショックだったんだろう」
「ふん」
「……」
 二人は窓から覗く朝日を見て、同時にため息をついた。時間は残り僅かしか残されていない。
 それまでに“狩り”を終わらせることができなければ……。

***

「そろそろ彼らの限界かな?」
 黒髪の青年が、黒髪の女性に尋ねた。だがそれは青年にとって聞かなくてもわかることである。
「そう、ですね。今回はずいぶんと時間がかかっていますね」
 後ろを一瞥し、言う。
「それだけ、この子の力が強いということだろう。だが彼らならやってくれるさ。そろそろ仕掛けるんじゃないかな? 僕の予想が正しければ、の話だがね」
「……」
「彼らに失敗は許されないからね。もしも失敗したら彼女の夢の中に精神が、一生閉じ込められてしまう。そうなればもう二度と目を覚ますことはないだろう。商売あがったりだね。その上、優秀な部下を二人もなくしてしまうことになる。また、新しい人材を探さなくてはならなくなってしまうよ、桐江君」
 薄い笑いを浮かべながら話す彼にとってどうでもいいことなのだろう。彼らがいなくなることすら気にも留めないに違いない。
 それでも自分たちは彼についていくしか生きる道がないことを骨の髄まで知っている。
「所長……」
 悲しげにつむがれた声は、残酷でありながら救いの色を含んだ声にかき消された。
「桐江君、僕たちにはすることがあるのだよ」
 沈黙が舞い降り、その室内は静寂に包まれた。
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