空白の世界

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  第八話 眠り姫と原因  

 かたんと音がして部屋の入り口を見るとそこには一人の少女が、怯えたように立っていた。その様子にくすりと笑った青年は立ち上がり、びくりと震えた少女に向かって口角を上げ話しかけた。
「はじめまして。僕は所長、君の名前を教えてもらってもいいかな」
 まるで邪気のない笑顔に少女はするりと自分の名前を口にした。群木友里、と。

「さて、なぜ君がここにいるのかな。ここはこの子の家のはずだ」
 そういって指差したのは、ベッドに横たわる一人の少女。彼女は友里のよく知る人物だった。
「と、友達の心配をして何が悪いの!? それに、それをいうならあなたたちは何なのよ。明らかに不法侵入じゃない!!」
「まあ、そうなるんだろうね。君から見れば」
「は? だってそうじゃない、早く出て行きなさいよ。警察呼ぶわよ」
「呼んだってかまわないよ。けして僕たちは捕まらないからね」
 会話を楽しむように所長は言った。
「僕たちは政府公認の機関だよ。原因不明睡眠対策機関。<夢狩り>。ここに来たのも彼女、河里彩音が眠りについているという情報を得たからだよ。君たちが知らないのも無理はないさ。表にはけして出ることはないからね、僕たちは」
 呆然としながら友里は所長を見つめる。
「それで、君は何をしに来たのかな? 僕の調査によれば、彼女が眠りについた原因の一つが君のはずだが。それともそれを知ってはいないのかな?」
 試すような口調に友里は詰まる。何もいえなかった。確かに彩音が眠りについた原因の一端は自分にあると思っていたから。
「ふふ。いいよそんなに辛そうな顔をしなくても。まあ、確かに君は原因の一端を負っているのかもしれないけれどね。彼女が心配だったのかい?」
「そうよ。ずっと学校に来なかったから」
 落ち込んだ、小さな声で友里は呟く。彩音が学校に来なくなったのは彩音にあることを話した日の数日後のことだ。
「ねえ、あんたたちは本当に彩音を目覚めさせることができるの?」
「ああ、できるさ。そのためにここにいるようなものだしね。……ただね、君に聞きたいことがある」
 言葉に冷たさを感じて、どくん、と鼓動がなった。汗が背中を伝う。手足が震える。
「さて僕もいろいろ調べたんだが、気になることがあってね。君が彼女に話をした日からのことを話してほしいな。君から話を聞けばすべてが繋がる気がするんだが」
「何を聞きたいの」
「そうだね、すべてと言いたいところだけど。その前に僕の見解でも聞いてもらおうかな」
「いいわ」
「さて、まず始まりからかな。河里彩音、彼女はごくごく普通の学生だったが、高校二年生の夏、両親が離婚することとなる。両親の仲はここ数年不仲であり、どちらにも愛人がいた。彼女は一応母親が引き取る形になるが、それ以降彼女は一人暮らしをはじめる。この頃には橘翔とはすでに付き合っている、と。ここまではあっているね」
「ええ」
「きっと彼女は誰にもこのことは言えなかったんだろう。心配をかけると思ってね。精神的には橘翔と君を頼りにしていたはずだ。無意識だとしてもね。けれど彼女は知ってしまったのさ。君と彼氏である橘翔が隠れて付き合っていることを。正確には知ったというよりも、知らされたかな。君たちから直接伝えられるんだからね」
 茶目っ気を含んだような言い方なのはからかっているのか、それとも批判しているのか判断がつかない。
「そうよ、私たちが直接言った。もう隠してるなんてできなかったから。二人で一緒にいるところを彩音に見られたんだもの」
「二人が親密な関係になっていったのは、彼女が原因かい?」
「そう。高一の後半くらいからかな。彩音が近頃おかしいって翔が相談してきたのよ。本当はただの相談を受けてただけ。でも気づいたころには好きになってた。とめられなかった。それが彩音の彼氏だって分かってても」
 眉を寄せ俯く。
「だめって何度も言い聞かせた。彩音の彼氏だって。でも翔に『友里と話を聞いてもらえるとうれしい』っていわれて、押し込めてた気持ちがあふれ出して、だめだって思ったときには翔に伝えてた」
「それから君たちは付き合うようになったのかい?」
「なし崩し的にね。言い方悪いけど、翔も疲れてたから、彩音の力になりたいのに彩音は何も話さないって。俺は信用されてないのかって。でも心の底ではまだ彩音を思ってたんじゃないかな。ちゃんと決心がついたのは彩音にばれたときだと思う」
 これでいい?視線がそういっていた。
「まだ聞きたいことはあるんだ。橘翔は亡くなっているね」
 思考が停止する。脳裏にまざまざとその瞬間が思い出される。
「……え、ええ」
「僕が調べた限りでは、彼女を追いかけて車に轢かれたということだったが、君もその現場いにいたね」
 それは問いかけではなく、確認。その言葉で知った。彼は何もかも知っているのだと、それでもなお自分に言わせたいのだと。なんという嫌味。それともそれが事態を収束するために必要だというのか。
「いたわっ!! 翔が事故にあった日は、あたしと翔が彩音に告白をした日だもの。嫌がるように逃げた彩音を翔が追いかけて、信号無視をした車に轢かれたのよ」
「そうだろうね。君は慌てふためく彼女を落ち着かせながら救急車を呼んだりしたんだろう? そして二人ともに彼にずっとついていた。けれど、彼は病院についてまもなく亡くなった」
「何が聞きたいの!?」
「そんなに怒らないでくれ。このから彼女は学校を休み始めた。でもこの頃はまだ彼女は眠りにはついていないはずだ。何せ、隣の人たちが部屋の明かりがついていることを確認しているからね。ではいつ眠りについたのか。そこが知りたい。君は知っているのではないのかな?」
「……」
「何も答えられないということは、肯定ととってもいいのだろう?」
「……い……。…っていったの。『人殺し』っていったの!!」
 激情のまま友里は叫んだ。
「翔が死んだって聞いて頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。真っ白になった頭の中に飛び込んできたのが彩音の姿だった。その瞬間、何かが爆発したの」
 思考がはじけ、理性は掻き消えた。言葉が堰を切ったようにに溢れて気づいて時にはもう、彩音を傷つける言葉を言っていた。
「彩音が殺したわけじゃないって分かってるのに、どうしても彩音を追いかけなかったら翔は死ななかったって思うのっ!!」
「それと同時に、自分が好きにならなかったら、彼が死ぬこともなかった」
 静かな声が部屋の中に落ちた。それは今まで言葉を発していなかった桐江の声である。
「そう思っているのでしょう? だから今まで彼女に会うことができなかった。だってあなたは大切な人を二人も一気に失くしたんだものね」
「ふむ、なるほどね。わかったよ。ようするに彼女は『孤独』に耐え切れず夢の中に逃げたのか。きっと翔君を失ったとしても君だけは信じていたのだろう。だからこそ君の言葉に耐え切れなかった。だから二人を失う前の夢に逃げた、と。じゃあ、彼女が目覚めるのは簡単だ。君が呼びかければいい」
 至極簡単に所長はそれを言ってのけた。
「ちょ、ちょっとまってよ。呼びかけるって眠りについた人間に声なんて届くはずないでしょ!?」
「本当にそうだと思うかい? 彼女は今眠りでもレム睡眠の状態なんだよ。まあ詳しいことは省くけれど、ようするに体は寝ていても脳は起きている状態なんだよ。だからレム睡眠のときは物音がすると目を覚ますことがあるんだ」
「だから、声をかけろ、と?」
「そうさ。そうすれば彼女が目覚める可能性が高くなるからね。それに僕たちが声をかけるよりも君が声をかけたほうがいいだろう。外部からの影響は夢に影響を及ぼすんだよ。だから君の声のほうがいいわけさ。さて、君は協力してくれるだろう?」
 確認にも似た言い方だった。友里はしっかりと所長の目を見ていった。
「もちろん」

「所長、河里彩音の脳波が乱れ始めました。このままいくと二人とも道連れで閉じ込められます」
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